僕とオートバイ#2 生きる

 僕が今日、居なくなってしまうかもしれないと君に言ったら、いったい君はどんな顔をするのだろう。

何を言ってるの?なんて、きっと笑うかもしれないね。だって今ぼくはとても元気で、君の前で一緒に笑っているのだから。

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カバーを外して、まだ眠ったままのとても重たいバイクをガレージから路上に運び出す。
チョークレバーを引いて、スロットルを少しだけ開いてデロルトのキャブレターに燃料を送り、加速ポンプを始動させる。
スタータースウィッチを押すと、勢いよくセルモーターが周り出し、ズドンという爆発音とともに車体が右に引っ張られるように動き、しばらくするとエンジンが安定しはじめる。

暖気運転をはじめたバイクを眺めながら、いつも思う事があるんだよ。
今日は無事にこの場所に帰ってこれるだろうか?
ってね。

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バイクに何年も乗っていると、何人もの大切な仲間が突然にその姿を消してしまう。
まだ高校生の頃、夏休みがあけた学校集会の校庭で、アイツの死を告げる校長といつもより静かな俺たち。
それが最初の別れだった。
それから今まで、多くの奴らが居なくなったけど、僕は全員の顔と名前を覚えているよ。

他愛もない事で笑う顔、
走っている背中、
脆すぎる心で一緒に泣いた顔、
一緒に見た景色、
ちょっとした喧嘩と意地の張り合い。

どうだい?よく聞く話だろ?

そうなんだ、どこにでも転がっている話だから僕が今日そうならないなんて思った事がないんだ。
鼓動するエンジンはいつもと同じで、ヘルメットを被り、グローブを左手、右手とはめ、バイクにまたがる。
クラッチを握り、左足のレバーを踏みこみギアを繋いで走り出すと、さっきガレージから寝ているこいつを引っ張り出した時の重さが嘘みたいに軽くなり、リアタイヤが路面を蹴り走り出す。

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250kgもある金属とプラスティックの塊は、生身の肉体をシートに乗せて一瞬のうちにライダーをその領域へと運ぶ。
僅かな油断や、ちょっとしたミスが牙を剥き、最悪の嫌な出会いのようにルールを無視した他の車が突然現れ、僕たちを襲う。
頭の先から胃の中まで光速で走り抜けるあの恐怖よりも先にやってくる嫌な感覚。
何度も経験したろ?

後1分出発が早かったら。
ほんの少し、あいつを呼び止めていたら。
あの信号が赤に変わっていたら。
あの場所に行かなかったら。
あそこで休憩なんてしなければ。
違うルートを通っていたら。

技術や経験をいくら積み重ねても、助かりはしないタイミングだってあるさ。

なんとか生き残って、なんとか乗り続けてはいるが、今日、無事で帰れるなんて保障はなにひとつないんだ。

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だから僕らは心のどこかにそんな想いを抱きながらバイクに乗り、そんな連中を仲間だと思っている。
初めて会ったにしても、まだ見ぬ彼らも、全て同じ何かを共有している仲間なのだと思っている。
きっと共有出来るそんな想いや誰かの悲しみを背負って走る僕らは、もしそんな事が身の周りで起こったらたった一つしかやれる事などないのだから。

それはそいつらを覚えていてやる事だよ。

確かにそこに居て、そこで笑っていたあいつらを。

そんな事になるなんて知っていて逃れられないものならば、後5分あったら大切な人にお別れが言えたかもしれないな。
言えなかった想いを伝える事が出来たかもしれない。
謝りたかった人にゴメンと言えたかもしれない。

その死をしばらくしたら忘れちまえる程度の人にとっては、その死を自業自得と切り捨てる事も出来るかもしれないし、何だって言える。

OKその通りだよ、まったく君は正しい。

速度を出し過ぎたのかもしれないし、もしかしたら身勝手な運転をしたのかもしれないし、他人に迷惑をかけたかもしれないし、注意が足らなかったからかもしれないな。まして、勝手に危険なバイクに乗って。

気が済んだかい?

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いってらっしゃいと見送られるいつもの風景。
じゃあいまから1時間後ね、と、出発を伝える。
これから向かうよ。
じゃあまたなと元気よく手を振る。

それが最後になるかもしれない事は、何もバイクに限った事ではない。

まったく身勝手だよお前らは。
残された僕らは彼らにとても難しい宿題を出されてしまった。
僕らが愛したバイクで死なないという事。
ずっと彼らを覚えているという事。

ねぇ、僕が今日居なくなったらと言ったら、君はいったいどうしたの?なんて笑うのだろう。

僕が愛したこの地球上で1番わがままで身勝手で、とても危険な乗り物を恨んだりするのかな?

 

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