青春の鼓動

 ガソリンコックを回し、キーを差し込む。
キャブレターの加速ポンプを作動させる為にスロットルを2度僅かに煽り、スタータースウィッチを親指で押す。少し長めのクランキングの後、愛機が獰猛な身震いをするようにして目覚める。
バイクに跨りもう数十年。
そうだな、何度となく痛い目にもあってきたし、身体に残る傷もいくつかある。
そんな事はバイク乗りなら誰だってそうだろう。
だが俺は乗り続けてきた。

友よ、あんたはどうだい?

そうした、たかがエンジンに生命を注ぎ込むのにもちょっとした儀式がいる面倒なコイツに乗るように、俺の心の中に居座り続ける何かは必ず死を意識させる。
いつ死んでもいいように、バイクに乗る時は必ず恥ずかしくない格好をしていたい。
つまり、バイクに乗っている時の格好はいつだって俺にとっては死に装束みたいなものだ。
先に遠くへ旅立ったあいつらに恥ずかしく無いように俺はそれらを身にまとう。
そして、相棒は常に命を供にするに値する本当に愛せるバイクでなければならない。

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老いはじめた身体と、年老いたバイク。
積み重ねてきた時間の中で、俺にとってバイクに乗る事は特別な意味を持つようになって行った。

今でもエンジンをかけるその瞬間は緊張するよ。
先ず、タンクに手をかけて、無事かかってくれよな?と心の中で声をかける。
大抵は当たり前のように目覚めるが、たまに機嫌が悪い時だってある。
バイクに跨り走り出すと、高揚する心と色の変わる景色が俺を包み込んで、俺を若かったあの頃へと一瞬のうちに引き戻してゆく。

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自分じゃ自分は見えないだろ?
だからコイツに乗っている時はいつだってあの頃の俺となにも変わってなんかいないのさ。
愛機と俺、愛し愛され、これからもアスファルトにタイヤと時間を削り取られながらも前に進んで行くしかない。まるで人生みたいだよな?

嬉しそうに鼓動を続けるコイツや、まるで俺の老いた心臓のように不規則な鼓動でグズるコイツ。
光るライトは常に俺の目のように暗くて、ぼんやりとした赤い尾灯は魂の燃えカスのような火の玉みたにゆらめく。
俺たちの青春が存在した頃は、そう言えばどんな時代だったろう?深紅の機体に身体を預けながらコイツと会話をする。
お互い多くの出会いを繰り返して来たよな。
もしかしたら俺にとってもお前にとっても最後の相棒かもしれないな。

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こいつの名前はモトグッツィルマンⅢ。
いつかどこかで見かけたら、こいつにも声を掛けてやってくれないか?
遠くロンバルディアの空の下から旅をして、今、ここにいるんだ。

時代は移り変わり、環境だ電気だと騒がしい世の中になったよな。俺とこいつの鼓動は、極めて原始的で古臭い青春の音が未だにしている。
わかるだろ?俺たちはいつだってあの頃に帰る事が出来る。

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走ればまだお前は元気で、跨がれば俺はまだお前に付き合ってやれる力がある。
周りなんか見る事も気にする事もないさ。
俺とお前、また遠くまで行こう。
俺とお前の人生の選択肢には休む事はあっても、もう留まる事は無いのだから。
鼓動の続く限り、俺たちは走るのだから。
人生でそんな出会いなんてそうは無いだろ?
さぁ、来年はどこに行こう?

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